05 転勤と決断

2024年3月、私は地方への転勤が決まった。

それに伴い、妻も美容サロンを退職しなければならなくなった。

転勤先は、県内で3番目に人口が多い市ではあるものの、高校を卒業した後に進学できる学校はほとんどなく、地元に残るのであれば、就職が中心になるような地域だった。

妻と私は、相談しながら、妻の転職先を探した。

妻には看護師の資格があり、美容サロンでの勤務経験もあった。

しかし、このとき、看護師に戻るという選択肢はなかった。

美容サロンの求人を探してみたものの、そもそも求人サイトに掲載されている求人すらほとんどない。

縁もゆかりもない土地で、知り合いもいない。

誰かに紹介してもらうこともできない。

そこで、私は少しずつ、別のことを考えるようになった。

先にも書いたとおり、私の収入には上限がある。

そして、妻も雇われて働くのであれば、当然、収入には上限がある。

だったら――。

私は、内心こう思っていた。

「妻に、起業してほしい。」

ある日、私は妻に尋ねた。

「失敗してもいいから、脱毛の店、出してみない?」

妻は、すぐに不安を口にした。

起業資金はどうするのか。

失敗したらどうするのか。

不動産契約や機器の選定、備品の購入など、難しいことはどうするのか。

そして、また転勤になったらどうするのか。

カウンセリングや施術については問題ないと思う。

でも、それ以外の問題が出てきたときは、どうすればいいのか。

妻からすれば、当然の不安だったと思う。

私は、一つずつ答えた。

起業資金については、私が貯めていた約400万円を使う。

もちろん、400万円は決して小さな金額ではない。

金融的な意味では、事業への投資だ。

しかし、私にとっては、それだけではなかった。

これは、家族の人生への投資でもある。

仮に失敗したとしても、私の収入がなくなるわけではない。

また、貯金すれば良い。

大きな買い物をするタイミングは、先送りになるかもしれない。

でも、それで人生が終わるわけではない。

お金だけを考えれば、もっと堅実な使い道もあるだろう。

それでも私は、この投資には、お金以上の価値があると思っていた。

夫婦二人三脚で、何かを掴み取る。

協力して努力する。

時には、厳しい試練になるかもしれない。

それでも、もし成功しても、失敗しても、この経験はきっと、家族にとってかけがえのない思い出になる。

そう考えていた。

私は、文章を読んだり、人と交渉したり、物事を考えたりすることを、それほど苦手には感じない。

だから、妻が苦手な部分は、私がやればいい。

むしろ、そこを自分が担うことには、何の抵抗もなかった。

転勤についても、いずれまた必ず起こる問題だと思っていた。

だからこそ、売上や事業の状況を見ながら、早い段階で従業員を雇うことも考える。

問題は、必ず起こる。

でも、起業する以上、問題が起こることを恐れていても仕方がない。

その都度、行政機関や専門家、その道の有識者に相談して、一つずつ解決していけばいい。

私は、そう考えていた。

そして、妻に伝えた。

「難しいことは俺がやるから、やってみない?」

妻は、しばらく考えた。

そして、決断した。

「難しいことをやってくれるなら、やってみる。」

その言葉を聞いたとき、私は、ようやくスタートラインに立てたような気がした。

妻は、それまで美容サロンで働く中で、脱毛に関する知識や技術、接客の経験を積んでいた。

そして、少しずつではあるが、「自分一人でもやっていける」という自信も身につけていたのだと思う。

一方で、当時の私は、起業や経営、財務については全くの素人だった。

本を読んだり、YouTubeを見たりして、知識を得る。

でも、それを実際の行動に移すことはできない。

そんな状態に、私はずっとモヤモヤしていた。

だからこそ、今回の話は違った。

妻の気持ちに火がついた。

それが、たとえ小さな火だったとしても、私は、その火を消さないようにしたかった。

そして、自分ができることを全力でやって、事業を軌道に乗せたいと思った。

そのために必要なことを勉強し、実際に事業を始めた後のことを何度も頭の中でイメージした。

もちろん、知識も経験も足りない。

問題や壁は、必ず出てくる。

でも、それは実際にやりながら、その都度解決していくしかない。

私は、そう考えていた。

そして何より――

私は、このチャレンジの機会を得たことに、ワクワクしていた。

妻は、おそらく不安だったと思う。

それでも、妻が一歩を踏み出してくれた以上、私は約束した。

成功するために、全力を尽くす。

妻の決断によって、ようやく、私たちの起業の旅が始まった。

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