2024年3月、私は地方への転勤が決まった。
それに伴い、妻も美容サロンを退職しなければならなくなった。
転勤先は、県内で3番目に人口が多い市ではあるものの、高校を卒業した後に進学できる学校はほとんどなく、地元に残るのであれば、就職が中心になるような地域だった。
妻と私は、相談しながら、妻の転職先を探した。
妻には看護師の資格があり、美容サロンでの勤務経験もあった。
しかし、このとき、看護師に戻るという選択肢はなかった。
美容サロンの求人を探してみたものの、そもそも求人サイトに掲載されている求人すらほとんどない。
縁もゆかりもない土地で、知り合いもいない。
誰かに紹介してもらうこともできない。
そこで、私は少しずつ、別のことを考えるようになった。
先にも書いたとおり、私の収入には上限がある。
そして、妻も雇われて働くのであれば、当然、収入には上限がある。
だったら――。
私は、内心こう思っていた。
「妻に、起業してほしい。」
ある日、私は妻に尋ねた。
「失敗してもいいから、脱毛の店、出してみない?」
妻は、すぐに不安を口にした。
起業資金はどうするのか。
失敗したらどうするのか。
不動産契約や機器の選定、備品の購入など、難しいことはどうするのか。
そして、また転勤になったらどうするのか。
カウンセリングや施術については問題ないと思う。
でも、それ以外の問題が出てきたときは、どうすればいいのか。
妻からすれば、当然の不安だったと思う。
私は、一つずつ答えた。
起業資金については、私が貯めていた約400万円を使う。
もちろん、400万円は決して小さな金額ではない。
金融的な意味では、事業への投資だ。
しかし、私にとっては、それだけではなかった。
これは、家族の人生への投資でもある。
仮に失敗したとしても、私の収入がなくなるわけではない。
また、貯金すれば良い。
大きな買い物をするタイミングは、先送りになるかもしれない。
でも、それで人生が終わるわけではない。
お金だけを考えれば、もっと堅実な使い道もあるだろう。
それでも私は、この投資には、お金以上の価値があると思っていた。
夫婦二人三脚で、何かを掴み取る。
協力して努力する。
時には、厳しい試練になるかもしれない。
それでも、もし成功しても、失敗しても、この経験はきっと、家族にとってかけがえのない思い出になる。
そう考えていた。
私は、文章を読んだり、人と交渉したり、物事を考えたりすることを、それほど苦手には感じない。
だから、妻が苦手な部分は、私がやればいい。
むしろ、そこを自分が担うことには、何の抵抗もなかった。
転勤についても、いずれまた必ず起こる問題だと思っていた。
だからこそ、売上や事業の状況を見ながら、早い段階で従業員を雇うことも考える。
問題は、必ず起こる。
でも、起業する以上、問題が起こることを恐れていても仕方がない。
その都度、行政機関や専門家、その道の有識者に相談して、一つずつ解決していけばいい。
私は、そう考えていた。
そして、妻に伝えた。
「難しいことは俺がやるから、やってみない?」
妻は、しばらく考えた。
そして、決断した。
「難しいことをやってくれるなら、やってみる。」
その言葉を聞いたとき、私は、ようやくスタートラインに立てたような気がした。
妻は、それまで美容サロンで働く中で、脱毛に関する知識や技術、接客の経験を積んでいた。
そして、少しずつではあるが、「自分一人でもやっていける」という自信も身につけていたのだと思う。
一方で、当時の私は、起業や経営、財務については全くの素人だった。
本を読んだり、YouTubeを見たりして、知識を得る。
でも、それを実際の行動に移すことはできない。
そんな状態に、私はずっとモヤモヤしていた。
だからこそ、今回の話は違った。
妻の気持ちに火がついた。
それが、たとえ小さな火だったとしても、私は、その火を消さないようにしたかった。
そして、自分ができることを全力でやって、事業を軌道に乗せたいと思った。
そのために必要なことを勉強し、実際に事業を始めた後のことを何度も頭の中でイメージした。
もちろん、知識も経験も足りない。
問題や壁は、必ず出てくる。
でも、それは実際にやりながら、その都度解決していくしかない。
私は、そう考えていた。
そして何より――
私は、このチャレンジの機会を得たことに、ワクワクしていた。
妻は、おそらく不安だったと思う。
それでも、妻が一歩を踏み出してくれた以上、私は約束した。
成功するために、全力を尽くす。
妻の決断によって、ようやく、私たちの起業の旅が始まった。
