02 転職

妻の転職

妻は、妊娠を機に一度仕事を辞め、専業主婦をしていた。

そして、子供が幼稚園に通うようになった2023年、再び看護師としてパートで働き始めた。

勤務はシフト制で、時給は1,000円。

勤務先は開院したばかりの病院で、妻はオープニングスタッフとして働き始めた。

この病院を選んだのには、いくつか理由があった。

新しく開院する病院なので、人間関係も職場環境もゼロからスタートできること。

勤務時間が、子育てをしながら働く妻の生活に合っていたこと。

そして、試用期間終了後には昇給するという条件だったこと。

妻にとっては、子育てと仕事を両立するうえで、かなり条件の良い職場に思えた。

しかし、実際に働き始めると、理想とは少し違っていた。

どこの業界でも、職場内の人間関係のもつれはあると思う。

看護師の世界も、なかなか複雑らしい。

看護師業界しか知らなかった妻は、専業主婦として一度その世界から離れたことで、改めて看護師業界特有の人間関係に嫌気が差していた。

そして、期待していた「オープニングスタッフ」という環境も、想像していたものとは違った。

院長が以前の勤務先からリクルートしてきた職員が多数入社しており、すでに人間関係が出来上がっていたのだ。

妻が期待していた、

「みんなが同じスタートラインから始める職場」

という環境ではなかった。

さらに、試用期間が終わっても、時給は上がらなかった。

看護師という国家資格を持ち、人の命に関わる仕事をしている。

それでも時給は1,000円。

もちろん、仕事の価値を時給だけで判断することはできない。

それでも私には、資格を必要としない仕事の時給と大きな差がないことに違和感があった。

たとえパートとはいえ、人の命を扱う仕事への対価として、本当にこれでいいのだろうか。

そんなことを考えていた。

私の転勤の可能性

そんな最中の2023年秋頃。

私に、引っ越しを伴う転勤の可能性が出てきた。

そこで、妻とこれからについて話をした。

お互いの今の立場。

仕事。

収入。

子供たちのこと。

そして、これから家族として、どんな生活をしていきたいのか。

私は妻に、こんな話をした。

私は、今の収入を失うリスクを取ってまで、仕事を辞めることはできない。

家族が生活していくためにも、今の仕事を続ける必要がある。

ただ、その一方で、私の収入には限界がある。

でも、逆に考えれば、

私の収入があるからこそ、妻は失敗することができる。

妻が新しいことに挑戦して、もし失敗したとしても、家族がすぐに生活できなくなるわけではない。

だったら、その環境を利用して、何かに挑戦してみてもいいのではないか。

そう考えた。

私は、子供たちがやりたいと言ったことは、できる限りやらせてあげたい。

行きたい場所にも連れて行きたい。

色々なものを見て、色々な経験をしてほしい。

そして、家族みんなで色々な場所へ行き、たくさんの思い出を作りたい。

もちろん、そのために世帯収入を増やしたいという思いもあった。

でも、それだけではない。

それ以上に、

妻には、新しいことを学ぶ楽しさや、自分の力で自由に働ける環境を見つけてほしい。

という思いがあった。

だから、妻に伝えた。

「看護師に囚われなくてもいいんじゃないか。」

「起業とまでは言わないけど、将来それにつながるような仕事を探してみないか。」

いつもとは違った妻

私たち夫婦は、いつもこんなに冷静に話し合えるわけではない。

むしろ、逆だ。

妻と話をしようとしても、

「自分も頑張っている。」

「余裕がない。」

「今日は無理。」

「また明日にしよう。」

そんな言葉が出て、お互いモヤモヤしたまま話が終わる。

そして、そのまま冷戦。

これまで何度も繰り返してきた。

しかし、今回の妻は違った。

妻自身も、今の働き方について考えていたのだと思う。

まず妻が考えたのは、

「せっかく持っている看護師資格を活かしながら、違う働き方ができないか」

ということだった。

そこで、美容医療の仕事を探し始めた。

美容クリニックなどの求人を見ると、確かに時給は良かった。

しかし、フルタイム勤務の求人が多く、自宅から遠い職場も多かった。

子育てとの両立を考えると、なかなか条件が合わない。

「看護師資格を活かしたい。」

そう思って仕事を探していた妻だったが、条件に合う求人はなかなか見つからなかった。

そんな中、ある求人が妻の目に留まった。

美容サロン。

美容医療ではない。

病院でもない。

クリニックでもない。

そして何より、

看護師資格は必要なかった。

これまで妻は、看護師になるために学校へ通い、国家試験を受け、資格を取得し、看護師として働いてきた。

仕事を探す時も、

「自分は看護師だから。」

ということが、無意識のうちに大前提になっていたと思う。

そんな妻が興味を持った仕事は、

看護師資格を一切必要としない仕事だった。

しかも、時給は当時の看護師パートよりも安かった。

普通に考えれば、わざわざ転職する理由はないのかもしれない。

国家資格を持っているのに、それを必要としない仕事へ転職する。

しかも、給料まで下がる。

条件だけを並べれば、

「なぜ、わざわざ?」

と思うような転職だった。

しかし、妻はこの求人に前向きだった。

そこには、いくつかの理由があった。

なぜ、妻は美容サロンに惹かれたのか

一つ目は、雇用条件が妻の希望と一致していたこと。

子育てをしながら働く以上、勤務時間やシフトの融通は、仕事を選ぶうえで重要な条件だった。

どれだけ給料が良くても、子供たちとの生活に合わなければ続けることは難しい。

その点、この美容サロンの勤務条件は、妻が希望していた働き方と合っていた。

二つ目は、看護師のパートと時給に大きな差がなかったこと。

確かに、美容サロンの時給は、当時働いていた病院よりも安かった。

しかし、その差はわずかだった。

国家資格を持ち、人の命に関わる看護師として働く場合と、看護師資格を必要としない美容サロンで働く場合。

仕事内容も責任もまったく違う。

それなのに、時給にはそれほど大きな差がない。

それなら、

「看護師だから」という理由だけで、看護師の仕事にこだわる必要はないのではないか。

そう考えるようになった。

三つ目は、看護師とはまったく違う仕事内容に、新鮮味を感じたこと。

求人に書かれていた業務内容は、

ドライヘッドスパ。

美容商材の販売。

そして、

脱毛。

これまで病院という環境で働いてきた妻にとって、どれもほとんど経験したことのない仕事だった。

看護師として積み重ねてきた経験を活かす転職ではなく、

今まで知らなかったことを、一から学ぶ転職。

そこに、妻は新鮮さを感じていた。

そして最後に、

「美容業界で働くことで、自分自身も変われるかもしれない。」

という期待があった。

美容の仕事をすれば、美容についての知識が増える。

実際にお客様と接しながら、技術や経験も身につけることができる。

そして、それらを学んでいくことで、

自分自身も、今より少し美しくなれるのではないか。

妻は、そんな期待も持っていた。

お金を稼ぐためだけではなく、

働きながら新しいことを学び、

新しい経験をして、

自分自身にもプラスになる。

妻にとって、この美容サロンへの転職には、これまでの看護師の仕事にはなかった魅力があったのだと思う。

この時の妻は違った

普段の妻は、新しいことにチャレンジすることを避ける方だ。

緊張しやすく、

「私には無理かも。」

「できるかな。」

そんなネガティブな言葉が出ることも多い。

まして今回は、

これまで自分の武器だった「看護師」という資格を使わない仕事である。

だからこそ、私は妻が躊躇すると思っていた。

しかし、

この時の妻は違った。

妻は、この美容サロンで働くことに前向きだった。

看護師資格を活かすために始めた仕事探し。

その先で妻が興味を持ったのは、

皮肉にも、

看護師資格を必要としない仕事だった。

そして、この時はまだ、

この転職が、後に自分たちで美容サロンを始めるきっかけになるとは、

私も妻も思っていなかった。

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